終遠のヴィルシュ考察【アンクゥのエンドについて】

終遠のヴィルシュ

今回は「終遠のヴィルシュ-ErroR:salvation-」のアンクゥのエンドについて考えたいと思います。

ネタバレを含む内容となりますのでクリア後の方のみお読みください。

 

 

 

 

 

アンクゥに救済エンドがない理由

終遠のヴィルシュをプレイし、アンクゥに救済エンドがないことにショックを受けた方も多かったのではないでしょうか。

唯一のアンクゥメインのエンドである終焉エンドでは、彼の嘆きに心を抉られました。

苦しくて辛い思いを途方も無い時間積み重ねても自分は無力だったなんて思ったら、きっと想像できないほどの絶望ですよね。

そんなアンクゥが救済されないなんてと思ってしまうと思います。

そこでアンクゥに救済エンドがない理由について考えました。

人間としての禁忌を犯したから

「普通の人間」についての話が作中でキーワードになっていたと思うのですが、時間跳躍は不可逆で限りある命を持つ人間にとっては禁忌ですよね。

三幕終盤でシアンが時間跳躍の研究について話しているシーンがありますが、彼もそれを分かっていたからこそその研究には手を出さなかったのではないでしょうか。

 

終遠のヴィルシュという作品が伝えたいことを考えた時、人間として限りある生を生きる尊さが1つに挙げられると考えています。

例えばリュカ先生やナディアがリライバーにならず天寿を全うする道を選んだことが当てはまるでしょう。

また、そんなリュカ先生の救済エンドは彼が幸せな気持ちで最期を迎えるものでした。

これについては人殺しという罪を犯し続けてしまった彼が一番良い形で救われるエンドだったのではと考えています。過ちが大きすぎると生きて幸せになることは難しく、いつか自分に返ってくるのが道理だと思うからです。

この作品はそんな人間としての真理を大切に物語が描かれていると感じました。

 

アンクゥの話に戻りますが、人間としての禁忌を犯してしまった、本来存在すべきでない人間が救済されてしまったらこの作品の伝えたいことと矛盾してしまいますよね。

そんな理由からアンクゥには救済エンドがないのではと考えます。

悲しいですが、三幕救済エンドのアンクゥの最期が幸せそうな表情で良かったです。

 

余談:ヒューゴの役割について

余談ですが、私はキャラクターを物語の記号として考えてみることがあります。

大学で文学系の勉強をしていたからか、つい物語を俯瞰的に見てしまうことがあるんですよね。

先ほどのアンクゥも彼の役割上救済エンドを作れなかったと考えることができます。

キャラクターの物語内での役割について、ヒューゴを例にもう少し考えてみたいと思います。

イヴと対極の存在

ヒューゴに対しては様々な意見がありますが、ヒロインに感情移入していると確かにイヴとの間を邪魔してくる嫌なキャラクターにも感じます。

ですがイヴの√において、彼はイヴと「対極の存在」としていい味を出していたと思うんですよね。

イヴ√は自分の身を削ってまで綺麗事を体現してしまう綺麗事の塊みたいだったイヴが、本当の意味でセレスを愛し始める物語だと考えています。

誰かを愛するというのは聞こえはいいですが相手を特別扱いすること、他と差別することと同じで、みんなに優しいのは本当の愛ではないということが描かれていたように感じました。

作中でも「あい」と「愛」が使い分けられていましたね。

ヒューゴはイヴのことを意味は定かではありませんが愛していました。皆をあいする最初のイヴとは対極の存在です。

だから大切な存在が過去に傷付く原因になった、さらには周囲に不幸が起こるぽっと出の女にいい気持ちがしないのは当たり前ですし、ヒューゴのヒロインに対する言動はイヴを思ってるからこそなんだと思います。

ヒロインが不幸の原因である証拠はないけれど、原因でない証拠もないうちから無条件に信じることができる人は限られるのではないでしょうか。

そしてイヴが愛を知ることによってヒューゴが舞台を去るというのも象徴的です。
まるで愛を知ったイヴを際立たせるためにいなくなってしまったかのようにも感じました。

そんな訳でヒューゴは初期のイヴと対比される役割のキャラクターとして描かれたのではと個人的には考えています。

 

余談の方が長くなってしまいましたが今回は以上となります。

つい物語の展開に不満を感じたりキャラクターに負の感情を向けてしまう人は、シアンじゃありませんが物語を俯瞰で見てみるのも面白いですよ。

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